研究内容

ランダムレーザー

ランダムレーザーの発光

「レーザーは知っているけれど、ランダムレーザーってなに?」と思われるでしょう。通常のレーザーは全反射鏡と半透明鏡を向かい合わせに置き、その間に光を増幅するもの(気体・液体・固体)を入れた構造をしています。この増幅媒質にエネルギーを与えると光が発生し、鏡の間を往復するうちに光が増幅し、特定の波長の光のみが選択されて半透明鏡から出射します。この結果、レーザーはきれいに波形が整ったビーム状の光を出します。

それに対し、ランダムレーザーは鏡を使わず、代わりに屈折率が不規則に分布している媒質を使います。たとえば、微粒子の粉体や小さな気泡をたくさん含んだスポンジ状の媒質などです。これらに色素など光を増幅する物質を加え、外部からエネルギーを与えます。そうすると、発生した光は媒質内部で何度も粉体や気泡にぶつかりながら不規則に散乱し、増幅されていきます。通常のレーザーと違い、さまざまな光路ができますが、そのうちあるものは大きく増幅し、レーザー発振を始めます。このように、鏡の間を多数回往復させて大きな光増幅を得るのではなく、不規則媒質の中をジグザグに進むことで大きな光増幅を得るのがランダムレーザーと呼ばれるものです。

このレーザーは通常のレーザーほど波形が整った光は出しませんが、蛍光灯やLEDよりはきれいな光を出します。一方、出射光はレーザーのようにビーム状ではなく、通常の照明光のようにさまざまな方向に出ていきます。

ランダムレーザーの研究は始まってまだ間がなく、応用例は少ないですが、スペクトルが狭い、高輝度の発光を広角に行うことができる、照明光として用いたときにレーザーのようなノイズが出ないことから、高輝度照明やディスプレイ、光計測などへの応用が考えられます。

本研究室ではこのランダムレーザーの媒質を光硬化性樹脂で作る研究を行っています。従来の粉体を用いたものとは異なり、光で樹脂を固めるので、硬化用照明光の空間強度分布を制御することで任意の構造を作ることができます。また、照明光分布を固定しておけば、同じ三次元屈折率分布をもつランダム構造を多数作ることが可能です。現在は100マイクロメートル程度の構造ですが、これを光の波長オーダー(1マイクロメートル程度)の微細構造にまで持って行くことが目標です。

さらに、従来の微粒子を用いたランダムレーザーについても、微粒子の空間分布を工夫することで光の行路長分布を制御し、より低いしきい値でレーザー発振させるための構造を探っています。超拡散構造やフラクタル構造が候補としてあげられます。また、所望の特性を得るための散乱体ランダム分布構造の設計も試みています。

皮膚や微粒子粉体からの光散乱現象の解析

近年、皮膚によって散乱された光の特性を調べる研究が盛んに行われています。皮膚は複雑な表面形状や内部構造を持っており、どの要素が光の振る舞いにどのような影響を及ぼすのかはあまり分かっていません。そこで、モンテカルロシミュレーションなどの計算手法を用いて、皮膚の反射・透過特性を詳細に解析する研究を行っています。また、皮膚に塗布する化粧品等の用途にナノ粒子などのさまざまな粉体が利用されるようになってきています。しかし、新開発された微粒子の構造は複雑で、従来の理論式ではその光学特性を求めることができません。そこで、時間領域差分法(FDTD)により、それらの光散乱特性を求める研究を行っています。この結果を新規粉体微粒子の開発に役立てます。

レーザースペックルによる物体識別

クレジットカードや紙などにレーザー光を照射すると、光はそれらの表面・内部で散乱を受けた後、出射します。その結果、光が不規則に干渉し合い、スペックルパターンと呼ばれるランダムな斑点模様が生じます。このスペックルパターンは照射した物体に固有のもので、「光の指紋」とも呼べるものです。同じスペックルを発生させるには、ミクロな表面形状や物体内部の屈折率分布を全く同じものにしなければならないので、偽造は事実上不可能です。そのため、スペックルを認証キーとして用いれば、機密文書等に強固なセキュリティを持たせることが可能です。このスペックルの時間的強度ゆらぎをキーとして、物体を識別する研究を行っています。

疑似周期構造光素子の基礎研究

光を反射する鏡として、誘電体多層膜ミラーというものがあります。サブミクロンオーダーの厚さを持つ屈折率の異なる透明膜を交互に重ね合わせた構造をしており、アルミを蒸着した通常の鏡よりも高い反射率を示します。ところが、この高い反射率は入射角によって決まる特定の波長の光でしか生じません。従来は2種類の膜厚分布が周期構造をもつものが基本でしたが、本研究室ではこれとは異なるフラクタル構造などをもつ多層膜について、その光学的特性を解析しています。より広い角度・波長範囲で高反射率をもつミラーが得られるかどうか研究を進めています。また、逆に非常に狭い反射率・透過率スペクトルをもつ光フィルターや光増幅器が得られる構造を研究しています。こちらは、より波形の整ったきれいな光を出すレーザーへの応用が考えられます。

多重散乱体に対するレーザー計測法の開発

かたくり粉のような微粒子粉体の固まり、牛乳のような高濃度の乳液・懸濁液、紙や衣類、生体組織などにレーザー光を照射すると、光はそれらの内部で複数回の散乱を受けた後、出射します。この現象を光の多重散乱と言います。レーザー光は非常にきれいな光なので、そのようなランダムな構造をもつ物体であっても内部の情報を保ったまま外に出てくるはずです。この情報をうまく取り出すことで、複雑な物体のもつ特性を知ることができます。

本研究室では、粉体層にレーザー光を当て、そこから出射した散乱光が作る光の不規則模様をCCDカメラで撮り、コンピュータで解析することで平均粒子径を求める研究を行っています。この不規則模様はスペックルパターンと呼ばれ、測定物体の情報を含んでいるため各種光計測に利用されています。従来の測定法では、物体表面の微細な凹凸から乱反射してできた単一散乱スペックルパターンしか利用できない場合がほとんどでした。私たちは従来光計測の対象外であった多重散乱体にも適用できる計測システムを開発しようとしています。

光硬化性樹脂を用いた微小光学素子の開発

光硬化性樹脂は、紫外線や可視光を当てると液体から固体に変化する樹脂で、最近では三次元造形や接着剤に用いられています。この樹脂は、照射光に強弱の二次元分布を与えてやると硬化後の固体表面に凹凸ができるというおもしろい性質があります。本研究室では、この性質を利用してマイクロレンズアレイ(微小レンズの二次元配列)や回折格子、あるいは光拡散板などを作製する研究を行っています。樹脂としてはより安全性が高く、容易に入手可能な可視光硬化接着剤を用いています。

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